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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3761号 判決

原告 横浜日野ヂーゼル株式会社

右代表者代表取締役 金津赴

右訴訟代理人弁護士 田中義之助

同 北澤和範

同 水津正臣

被告 矢野土木株式会社

右代表者代表取締役 矢野繁一

右訴訟代理人弁護士 櫻井英司

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の自動車を引渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決ならびに第一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の自動車(以下本件自動車という)を所有している。その事情は以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和五二年八月三一日、訴外有限会社西江興業(以下西江興業という)に対し、本件自動車を、他一台と合わせ、次の約定で売渡した。

イ 代金 六、七〇二、九八五円

ロ 支払方法 昭和五二年一〇月から昭和五五年二月まで毎月末日限り二二四、〇〇〇円宛、同年三月末日限り二〇六、九八五円の割賦支払い

ハ 本件自動車の所有権は原告が留保し、代金完済のとき西江興業に移転する。

ニ 西江興業が割賦金の支払を一回でも怠ったときは期限の利益を失い、本件自動車を原告に返還する。

(二) 西江興業は、他の一台と合わせた割賦金三回分合計六七二、〇〇〇円を支払ったのみで、昭和五三年一月分以降の支払をしなかった。

2  被告は本件自動車を占有している。

よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき本件自動車の引渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  請求原因2の事実は認める。

三  抗弁

1  西江興業は、昭和五三年一月二〇日、訴外油井康夫(以下油井という)に対し、期間の定めなく、次の約定で本件自動車の保管を委託した。

イ 保管料 一時間につき五〇〇円とし、一日に及ぶときは一日一二、〇〇〇円

ロ 支払方法 一日以上経過したときは前日分を翌日に支払い、車輛を引取る際は未払保管料の全額を支払う。

2  油井は、前同日、被告に対し、右と同じ約定で本件自動車の保管を委託した。

3  かくて、契約日である昭和五三年一月二〇日に、本件自動車を、西江興業は油井に、油井は被告に、順次引渡した。

4  被告は、昭和五三年一月二〇日以降の右約定による保管料の支払を受けるまで、本件自動車を留置する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は否認する。

3  抗弁3の事実は不知。

五  再抗弁

1  油井と被告がなしたとする本件自動車の保管委託契約は、当事者間において、真実自動車の保管を委託する意思がないのに、その意思があるように仮装したもので、通謀虚偽表示である。

2  西江興業は、本件自動車を原告に返還すべき義務あるにかかわらず、これを隠匿する目的で、油井および被告に本件自動車を引渡したもので、右行為は原告の所有権を侵害する違法な行為であり、油井および被告は右事情を知りながらこれに加担したもので、被告の本件自動車に対する占有は不法行為により生じたものである。

3(一)  油井は、本件自動車を自己ないし第三者のために使用し、被告は、油井の右行為を黙認してきた。

(二) 原告は、昭和五三年九月二〇日の本件口頭弁論期日において、留置権消滅の請求をした。

4(一)  油井および被告は、西江興業が保管料を支払える状態にないことを知りながら多数の自動車を保管し、一日一台一二、〇〇〇円という高額な保管料を自動車販売会社に請求し利益を得ようとしたもので、その動機において極めて悪質であり、さらに、自動車販売会社からの車輛に対する仮処分を免れるため、車輛を他所へ移転し隠匿を計っており、かかる行為をなしながら保管料を支払わなければ車輛の引渡はしないと主張している。

(二) 被告の留置権の主張は、車輛の引渡請求を妨害することのみを目的としたもので、権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  《証拠省略》を総合すれば、請求原因1(一)(二)の事実を認めることができ、右事実から本件自動車は原告の所有に属することが認められる。

2  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。(但し、《証拠省略》によれば、本件自動車は東京地方裁判所昭和五三年(ヨ)第一八〇九号仮処分決定の執行により執行官が保管していることが認められる。)

二  抗弁について

抗弁事実について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

西江興業(代表取締役西川良市こと金悦市、以下西川という)は、原告を含む自動車販売会社四社(原告、訴外神奈川三菱ふそう自動車販売株式会社、同神奈川日産ディーゼル株式会社、同神奈川いすず自動車株式会社)から月賦で四トン積ダンプカー第一五台を購入したが、昭和五二年一二月ころ極度に資金難に陥っていた。西江興業は、それまでに金融業者訴外源田義雄から自動車購入代金、運転資金を借受けていたが、その一部の弁済のために振出していた額面金額各一、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日を昭和五三年一月一七日、同月二〇日とする二通の約束手形の決済資金が調達できず、そのまま放置すると右源田から借入金の弁済ないし担保として前記一五台の車輛を持ち去られるおそれがあった。西川は、これを防ぐため、一回目の手形不渡りが生じた同月一七日、元請先として取引のあった訴外油井工事株式会社(以下油井工事という)の従業員訴外伊藤真澄に相談し、同人を介し、油井工事代表取締役油井に対し、これらの車輛を一週間ないし一〇日程預ってくれるよう依頼した。油井は、ほとんど西川と面識はなかったが、四トン積ダンプカーは油井工事の作業にも役立つと考え、西川の依頼を引受けた。西川は、同月一七日から翌一八日にかけて、車輛一五台を三鷹市内の油井工事の駐車場およびその周辺に運び込んだ。油井は、油井工事の駐車場のみでは収容能力に欠けるため、自分で手配して、いずれも油井工事の取引先である訴外有限会社斉藤自動車、同新栄モータースこと新津栄一、同協栄工事、同宮崎組および被告に分散して自動車を置いてもらうこととし、本件自動車は被告駐車場に、同月二〇日ころ、運び込まれた。西川興業は、同月二〇日、二回目の手形不渡りを出し、銀行取引停止処分を受けた。西川と油井は、相談のうえ、同月二〇日付で、西江興業が油井にダンプカー一五台を一台一時間五〇〇円、一日一二、〇〇〇円で保管を依頼する旨の西江興業作成名義の保管依頼書(乙第一号証)、ならびに右保管を油井が第三者に依頼する権限を付与する旨の西江興業作成名義の委任状(乙第二号証)を作成し、油井は右乙第一号証につき、同年二月二日、公証人古原勇雄による確定日付の公証を得た。さらに、西川および油井は、同年一月末ころ、訴外斉藤正文に対し、一五台の車輛の車体およびドアに書かれた「西江興業」の文字を抹消し、そのあとに「油井工事」と記載し、かつ、運転席上部の「西江興業」と書かれたキャリア(通称アンドン)を取りはずすことを依頼し、右斉藤は約一週間位かかって本件自動車を含む一四台の車輛について右塗りかえ、取りはずしの作業をした。油井は、同年四月ころ、前記自動車販売会社四社の社員が訪れて車輛の存在場所を尋ねた際、その所在地を全く教えなかった。右自動車販売会社四社は西川を横領罪等により告訴し、西川は港北警察署で取調べを受けたが、同月二七日ころ、取調べの後、警察署付近の喫茶店で右四社の社員に事情を尋ねられた際、西川は、油井が車輛を作業に使用していること、保管料はかからないはずであると説明した。前記一五台の車輛のうち、神奈川日産ディーゼル株式会社の販売した一台は、同年五月二六日、船橋市内の油井工事と取引のある太陽工藤工業株式会社の土木工事現場で土砂運搬のため使用され、同月三〇日、右車輛について執行官保管の仮処分が執行された際、油井工事の従業員訴外高橋某は執行官に対し油井工事において右車輛を使用している旨述べており、また神奈川三菱ふそう自動車販売株式会社の販売した二台について、同年八月二二日、執行官保管の仮処分の執行がなされた際、土砂、コンクリート片などが積まれていることが現認された。本件自動車に関しては、被告代表者矢野繁一はこれを預る際油井に対し何ら事情を尋ねたことはなく、昭和五三年一月二〇日付の、油井が被告に対し本件自動車を一時間五〇〇円、一日一二、〇〇〇円で保管を依頼する旨の油井作成名義の保管依頼書(乙第三号証)も油井が自己において作成して郵送してきたにすぎないものであり、被告が本件自動車を置くことを了承した場所は被告が一日一台一〇、〇〇〇円の使用料を支払って第三者から賃借している駐車場であるのが、これまで油井に対し保管料の請求をしたことはない。

以上認定の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、油井は、西江興業から自動車一五台を預るに際し、西江興業が一日一台一二、〇〇〇円もの高額な保管料を支払える状態ではないことを知っていたと推認され、さらに、油井から第三者にこれらの自動車を同額の保管料で委託すれば自己において保管料出捐の可能性が強いのにあえてこれをなすことについて首肯できる理由がないこと、短期間の自動車の保管委託契約につき契約書を作成してこれに公証人による確定日付を得ることは一般取引上希であると考えられること、油井は同じく土木工事を業としている油井工事の代表取締役として四トン積ダンプカーは多く所有権留保付で販売され、真実の所有者については車体検査証をみることにより簡単に判明することを知っていると認められるのに、これをすることなく、かえって、車体の「西江興業」の文字を抹消し「油井工事」と書き入れ、あるいは「西江興業」と書かれたキャリアをはずすなど所有者あるいは債権者からの車輛の追求を免れようとする行為をなしていること、油井の預った自動車のうち数台は土木工事の現場で使用されていたこと、西川自身自動車販売会社社員に対し油井が主張する保管料は不要のはずであると述べていること等が認められ、以上のことからすれば、西江興業と油井の間の被告主張にかかる自動車保管委託契約なるものは、右両者が共謀して、源田その他の債権者ないしは原告を含む自動車販売会社からの車輛引渡請求を妨げるため、形式上書類(乙第一、第二号証)を作成したものにすぎず、当事者間において契約締結をなす意思はなかったものと認めるのが相当であり、油井と被告の間の被告主張にかかる自動車保管委託契約についても、右認定事実および被告は油井工事が得意先であることから、油井より言われるままに駐車場を提供したが、油井に対しこれまで保管料の請求を一切したことはなく、書類(乙第三号証)の作成にも関与していないことが認められることから考えて、右保管委託契約は存在しないものと認めるのが相当である。

以上により、《証拠省略》はこれを採用することができず、《証拠省略》中被告の主張にそう内容の記載または供述もまた措信することができない。

他に、被告主張事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、被告主張の自動車保管委託契約の成立を認めることができないので、これを前提とする被告の留置権の抗弁はこれを採用することができない。

三  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 関野杜滋子)

〈以下省略〉

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